清々しい、澄んだ青の空の日だった。 自分達が帰る場所である町、カノコタウン。 近くの道路では桜色の花びらが舞って、町から見える海は穏やかだった。 まるで、あの日のようなのに… 期待に満ち溢れていたあの日のようなのに、自分だけが変わっていた。 いや、きっといつも何かは変わっていて、気付くまで時間がかかるだけなんだろうけど。 そんなことを考えながら、一人で故郷をふらふらしていると、傍目からは身長しか変わっていなさそうな幼なじみが視界に入る。 彼もあの旅で変わった。 そう。あの旅で、僕らは色んなことを知った。 向こうは気付いていなかったから、こちらから声をかけることにする。 もしかしたら、彼なら答えに導いてくれるかもしれないと思いながら…
「…………………チェレン」 「ブラック。君も帰ってたのか」 「……」 彼は奇遇だね、と言いながら歩み寄ってきた。 しかし、流石幼なじみといった所か。 「…………どうかした?」 そんなに表情にしたわけじゃないのに、彼は察してくれたようだ。 こんな時にいい友達をもったな、と思う。 だから、話してみようと思った。 「ちょっと……相談があるんだけど…」
旅立ち
海には水タイプのポケモン達の姿がちらほら見えている。 もうそこには二人が知らないポケモンはいない。 少し静かな所で話そうと移動してきた二人は、海に向かう方向で座りこんだ。 先に口を開いたのはチェレンの方だった。
「珍しいよね、君がぼくに相談って」 「そうだな」 なんとなく、なんと言い出したらいいか悩んでいると、チェレンは空気を読んで他愛もないことを話しはじめる。 「昔からぼくら二人は頭脳派で、ベルとホワイトが行動派だったけど、大抵ぼくらの意見は完全に一緒か真逆だったから、お互い意見を聞き合うことって少なかったね」
「ああ。
僕は頭の中で完結させてたけど、チェレンは声に出しながら考えるタイプだったから、
わざわざケンカ売りにいかなかった」 「なるほどね」 「……」
また会話が無くなって、沈黙が訪れた。 我ながらなかなか、困った性格だなと呆れる。 そろそろ言いたいことをまとめなくては… しかし今度も先に口を開いたのはチェレンだった。 しかも、それは核心を見事に貫いた。
「相談って、あいつのこと?」
「…………」 そのトーンでわかる。 彼が言う、あいつ は確かに自分が話そうとしていた“あいつ”のことだ。 自分逹が、この町から初めて旅立ったその日から突っかかってきて、
自分がその夢を打ち砕いてから姿を見せない…怖いくらい真っ直ぐにポケモンを愛している青年。 Nのこと。 姓はハルモニア。
確かに奴のことを相談しようとしていたが、言い当てられるとなんだか気分が悪い。 顔をしかめながらチェレンを見ると、彼はなに食わぬ顔で目を合わせてきた。 「わかるよ。君あいつのこと考えている時、空見てるから。 あの日からの癖なんじゃない?」 思ってもいない指摘だった。 「気付かなかった。うわ…かっこ悪…」
溜め息も自然とこぼれる。 そんなものを癖にした覚えもないし、それが傍から見て、たとえ幼なじみだったとしても、他人が分かるような仕草をしていたなんて…失敗した… そんな自己嫌悪と後悔がどっと押し寄せ、
がっくりと項垂れていると、チェレンはその様子を見て何を感じたのか、
「なんだい?Nに恋でもした?」 「流石にそのネタはねぇわ…」
毒づきするぞと、ここ最近で一番の心底嫌そうな顔をすると、チェレンは満足そうに肩をすくめた。 「いや、それなら安心したよ。そんなこと相談された日には空から槍がふってくるよ」 「ない乳には興味ない」 「知ってる。またホワイトに殴られるよ。」 「あいついい尻はしてんのに。」 「君ら双子は本当にデリカシーがないよな」 「そうか?」 「前、君のあれは標準サイズか聞かれた」 「姉貴馬鹿だな― 聞く相手を間違えてる」 「……」 呆れ方が違うと、チェレンは変な目で見てくる。 それに気付かなかった振りをして、また空を見上げたが
「……で?」
と話をもどすように促された。
一つ溜め息をつく。 「…お前、あいつのことどう思う」 「どう…?」 「どう」 チェレンは手を口元にもっていく。その質問の意図を考えているようだ。 多分、自分もある答えが欲しくて聞いたので、考えてもらえると助かる。 ただ、その答えがわからないのだが…。
すると今度は腕組みにポーズを変え、話しはじめた。 「………そうだな…決めたらまっすぐな所は良い所だと思うよ。君にも似てると思う」 「……」 「…でも、なんだろうな。 あの父親の子供に生まれなかったら…とは思うよ」 あ… 「なんというか…かわいそうというか、残念というか…同情する」 「かわいそう…か」 そうか… ふとチェレンはブラックを見て口つぐむ。 幼なじみってすごいと思った。
「あいつにかわいそうは似合わないな」 「そうだね」
真っ直ぐ前を見る。 「………違う気がする。
あいつをかわいそうって思うのは、あいつを否定しているような気がするんだ」 「…」 チェレンは、ただ自分の声に耳を傾けてくれている。
「だって、Nは、操られてたわけじゃない」 だって、そうだ。
「情報の操作とか、背景的な不幸はあったけど、 それがなきゃ、Nも僕逹みたいなトレーナーになってたかもしれないけど、 そんなのは仮定の話で… あいつは、自分で感じて考えて夢だと言った。 夢を叶えるために必死だった。 それを、その想いが、仕組まれたものだとしても、 かわいそうなんて、言っちゃだめだ」 きっとそれが答え、だ。
「……」 「……ごめん。僕もワケわかんないわ…」 訪れた沈黙がいたたまれなくて、謝りながら帽子をかぶり直した。 チェレンは事も無げに、質問を投げ掛ける。 「いや、じゃあ君は? どう思うの?」
どう、と。
「………あいつのさ………部屋ってチェレン見てないよな」 「そうだけど」 「あいつさぁ!ほんっとガキなんだよ!!おもちゃだらけで、空の壁紙だったり…いや床なんだけどさ!」 愚痴のように本音が溢れ出す。 どうと聞かれれば、そうとしか言えない。 考えるより先に口が動きだした。
「…ほんと、ガキそのものだよ。 相手の意見なんて耳半分なんだからなんで質問してくんだっつーか …何言ったって揺らがねーし… いや……あいつもあいつなりに悩んでたけど……」
ふと、フキヨセで見た姿を思い出す。 そうか、 「あいつ、人とのコミュニケーション能力が低いんだよ 頭いいんだろうけど、人と話すの苦手みたいだし…早口だし………… だから、子供なんだ。あいつは。 だから、あいつはもっと人と関わらなきゃいけないって、思う」 「………そう」 「……」
ふわりと優しい風が髪をゆらして去っていった。
何の音も、聞こえなかった。
「やっぱり、」 ずっと悩んでいた結論を話す。 チェレンは静かに耳を傾けていた。 「チェレン。僕さ。………自分でも言うのどうかと思うんだけど…………
…あいつには、僕が必要だと思う」
「………」
「………」 カチャ、と眼鏡を直す音が聞こえた。 「……それは…違うんじゃないか?」 「……」
「Nに君が必要なんじゃなくて、 君がNを必要としてるんだ… って、ぼくには見えるけど……?」 「――――…」 瞬間少し強い海風が吹き抜けた。
ああ なるほど…。
「…っ…はは…気持ち悪っ…」
苦笑付きで、前のめりに脱力しながら言うのは本音。 笑う自分の横でまた眼鏡を直す幼なじみは 「ブラックも変わってるんだね」 と言葉をもらす。
「……槍降るかな……」 「降られると困るんだけどね」
ふと思い出したことに、苦笑で返された。
「けど、別にいいよ。ちょっと想像つかないけれど…応援はするよ。幼なじみだしね」 また眼鏡に手をかけて、真っ直ぐ海を見る姿に、動揺してるな、と微笑ましくなった。
けれど、応援はするんだなぁ。 自分でもその結論は予想外なのに、受け入れてくれるという。 なら、自分も正直になるべきか。 「ああ―…………そっか…ん……… よし」 ガバッと立ち上がる。 風も波も穏やかに流れていた。 「どうするの?」 「ちょっと行ってくるわ。母さん達に言っといてよ」 「それぐらい自分で言いなよ。めんどーだな」 「ほいほい」 幼なじみの相変わらずの口癖が今は和ませてくれる。
「どこ行くの?」 「んーとりあえず他地方だろ、ハンサムさんも言ってたし」 「一人で大丈夫かい?」 「なんとかなるだろ。 アララギ博士に誰か紹介してもらえないかな…行ってみるか」 よーし!と次の旅のことを考えて思考をめぐらせる ばたばたと動くことはないが、テンション高く上を見ながら指折り考えている姿は珍しかった。 「ブラック」 「ん?」 「気持ち悪いぐらいイキイキしてるよ」 「っるせ。いいんだよ。 新しいポケモン捕まえにいくついでなんだから」 「はいはい」 ―― そう 新しい出会いをもとめる 新しい人に、ポケモンに、そして、あいつに
だから旅に出よう 廻り合い 出会うために
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